高島易断総本家

天保3年(1832年)11月3日生まれ、事業家であり易学者。
明治天皇より「正五位勲四等」を贈られる。
正式後継者をとらず大正3年10月17日没(83歳)。
初代の意思を引き継いで呑象二世と号して「高島易断総本部神聖館」として活躍した。
小玉呑象はアメリカで活躍した。
先代の意思を引き継いで活躍し、昭和18年招集を受け満州にて終戦。
昭和23年帰国。再び三代目として活躍する。
博多の地にて現総本家総裁である高島龍峰と知り合い、高島龍峰は象峰に師事することになり一緒に活動した。
昭和42年の秋大阪難波の宿で倒れ、高島龍峰に高島易断を継いで貰うことを決意。
昭和43年9月1日付にて、知り合い立ち会いの上、高島龍峰を正式に高島易断の後継者として認証。高島龍峰は四代目として高島易断総本家総裁となる。
日本初となる高島神社創建した。
平成24年9月20日付にて、知り合い立ち会いの上、高島昇龍を正式に高島易断の後継者として認証。高島昇龍は五代目として高島易断総本家総師となる。

 

認証状 shouninjou

 

  

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